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カートコバーンがファイバーワックスの産みの親 !?

2019.09.12

1987年に結成し1994年にフロントマンであるカートコバーンの死をもって解散したバンド、Nirvana。

音楽業界において、80年代後半から90年代初頭といえばヘヴィメタル全盛であり、最後に生まれた音楽ジャンルであるヒップホップが、まさにその勢力図を塗りかえようとしていた時代でした。そんななか、彼らは流星の如く現れ、ヒップホップの勢いを一時的に止めたのです。

 

彼らの音楽は『グランジ』と呼ばれ、「grungy: 汚い」という形容詞を語源にもち、のちの音楽シーンはもちろんのこと、ファッションの世界にも多くの影響を与えました。

着古したネルシャツにヨレヨレのTシャツとダメージデニム、髪はロン毛。いわゆるグランジファッションです。

80年代後半にはマルタンマルジェラがそこからインスパイアされデニムにダーメージ加工を施しペンキで色付けしたものをコレクションで発表したほど。

そんなグランジファッションの波はもちろん日本にも及び、Undercoverの高橋盾がグランジファッションをハイファッションに昇華させ、2000年代前半にはNUMBER(N)INEがこのテイストで若者たちに多く支持されます。また、日本ではビジュアル系として認知されていたかもしれませんが、黒夢の清春はグランジファッションのアイコン的な存在でした。

しかし、当時の日本の若者たちが唯一手に入れられなかったものがあります。それは、グランジ特有の一見柔らかくもパサっとした髪の質感でした。当時の整髪料といえばジェル、ハードムース、ポマードといった、いわゆる髪をかっちりと固めるものが主流。

それに対して、日本人の髪質といえば、もともと硬くてまっすぐ。あの砂ぼこりで汚れたような柔らかくパサッとした質感はどうしても再現が難しかったのです。

 

そんな若者たちの要望のなか生まれたのがファイバーワックスという整髪料でした。このファイバーワックスという整髪料の誕生により日本人のヘアスタイルの幅は大きく進化したのです。

ヘアスタイリストたちが、気軽にこの質感を手に入れることができるようになり、これを機に、女性たちのヘアスタイルにおいてツイストパーマが流行し、今では考えにくいかもしれませんが、ツヤのない髪が流行する時代がやってきます。

 

音楽が基になり、日本人の髪の質感を変えたと言っても過言ではない瞬間でした。

 

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