STYLIST’S VIEW
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憧れだけでこの世界に足を踏み入れ、逃げ出し、戻り……思いを同じくする仲間との出会いがあり、仲間を少しずつ増やし、揺れ動きながらも美の力を信じて、デザインを発信する美容師であろうと、もがき続けました。その紆余曲折の経験だけが「僕という美容師」をつくってくれた。今、そう思っています。
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そこで見た美容室の光景、美容師の姿は今でも忘れられません。つくりだされるヘアスタイルも美容師のヘアスタイルもファッションもすべてがキラキラして見えました。それ以降、僕は学校が終わると週2回のペースで美容室に通い続けました。もちろん、毎回カットしてもらうお金も髪もないから、ただ待ち合いのスペースに座って、手の空いた美容師さんがいると話をして……。そんな高校生活を送って迎えた3年生の進路面談の日。卒業生のほとんどが就職する学校でただひとり僕は「美容専門学校に進学する!」と宣言し、前代未聞の生徒になったのです。
そんな経緯があったのに専門学校に入ると僕は、華やかさに憧れて浮かれて遊びまくり、卒業は単位がギリギリ。やっとのことで卒業して、卒業後は高校時代に通い続けていた美容室に就職しました。でもそこで初めて挫折を味わいました。お客さまとスタッフは違う。外の世界から見ている美容室と中から支える美容室は違う。そんな当たり前のことにこのとき初めて気づき、気持ちの持っていきようがなくなって、たった2週間で辞めたのです。
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ヘアスタイルをつくりたい。髪の毛を切って素晴らしいヘアデザインを生み出したい。キラキラ輝く美容師になりたい。そう思ってはいるのに、それ以前の「社会人の壁」が乗り越えられないでいました。向いていないのかもしれない……。そう思い詰めた僕にもう一度前を向かせてくれたのは今、一緒に店を切り盛りしている妻、当時の彼女でした。「美容師になりたいの? なりたくないの? なりたいなら、もう一度挑戦してみようよ」。その言葉に背中を押され、「これが最後だ!」と肚をくくって入社した4店舗目。練習もきちんと行っているけれど、アットホームな雰囲気で「ここでなら一人前の美容師になれるかもしれない」。初めて自分の未来が描けそうな美容室に出会いました。
あるとき、オーナー美容師の先生のところに通ってくるお客さまが何人も重なって手が離せない状況が生まれたのです。先生は突然「岩田さん、あのお客さんよろしく」と僕に言いました。その日、僕は心の準備も何もなくスタイリストデビューしたのです。やるしかない。そう思って冷や汗をかきながらお客さまをカットしました。
このとき僕は自分の実力を痛感しました。技術は嘘をつかないと言うけれど、本当だと。僕はこんなにもヘタだったのかと。そこからです。自分なりに練習を重ね、技術を磨いて、経験を積んで、知識を蓄積していきました。そして気づけばイメージを形にできるようになり、あるときを境に面白くなってきたのです。面白くなってくると同時に、お客さまが喜んでくださったり、褒めてもらえることが増えてきました。そんなとき先生が2カ月間入院することになったのです。つまり、たったひとりで店を回すことに……。25歳のときでした。
それまでは独立など考えたことはありませんでした。なんせ何店舗も渡り歩いてきたぐらい不器用だったから。それでも先生が入院中にひとりで店を回したことが自信になり、翌年、僕は自分の店をオープンさせました。最初のスタッフは僕と妻だけ。お客さまがひとりも来ない日もたくさんありました。でも、どうにかこうにかやっていくうちにお客さまが増え、スタッフを増やせるようになりました。でもここでまた壁にぶち当たりました。スタッフが入ってきても辞めてしまうのです。
お店の運営はなかなか軌道に乗りませんでしたが、一方でデザインをつくることの楽しさを知ってしまっていた僕は、時間があるとヘアスタイルをつくって写真を撮ってもらっていました。求人を兼ねた広告を地方誌に出すときですら、作品写真を載せていました。普通なら、そういうものに掲載するのは、店の内観だったり、サロンワークでお客さまに提供するような当たりさわりのない髪型の写真。でも僕は、なんせデザインするのが好きで作品撮りが楽しかったから、そういうものにも作品を掲載したのです。そしてそれを見て、入社を希望してきたのが今、ジュリエッタで代表をしている斉藤進也です。彼は、美容の専門学校に行っていたわけでもないのに、その作品を見て興味を持ってアプローチしてきてくれました。彼はその後、ウチで働きながら通信で美容師の資格を取りました。今のAngelicaのベースができたのは、20年近く前、1997年のこのときです。そして、そこから「デザインでいく!」という姿勢は変わっていません。
「デザインを追求し、デザインを発信していく美容師、美容室になる」。
こう決めると、自然と意識が変わりました。もっと広い世界に自分たちのデザインを伝えていきたいと思ったのです。そしてコンテストに作品を出すことにしました。最初にトライしたのは、今では選考デザイナーを務めさせていただいている、とあるメーカーのフォトコンテストです。それまでコツコツと作品づくりに取り組んでいたのが1枚の写真となって結実し、その作品は評価されて入賞しました。そして、その写真は編集者の目にとまり美容業界誌で僕を取材してくれることになり、なんの売り込みもしていないのに、僕の作品は美容業界誌に載ることができたのです。
地方の名もない小さな美容室だったのに、そこで生み出されたヘアデザインは、地方だとか小さなお店だとかということは関係なく、発表の場を引き寄せてきたのです。その後、ヘアデザイナーたちが頂点を競うJHAというコンテストにも応募し、2006、2007年はJHA準グランプリ、2008年には JHAグランプリを受賞するまでに至りました。
こうやって並べると、コンテストに応募するようになってからはトントン拍子だと思う人もいるかもしれません。でも実際は、作品づくりのすさまじい日々でした。自分のつくった作品と自分が素晴らしいと思う作品の違いは何か? 穴があくほどに見比べて、それをずっとずっと突き詰めて考える。それは異常なほどの執念さで。でも、好きなことをやっていたから辛いと思ったことは一度もありません。撮影は経験を積めば積むほど、いいものができるようになる。サボっているとすぐにヘタになる。それがわかっているから、終わりのないヘアデザインづくりに突入していったのです。
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僕はカリスマ美容師ではないから、パッとひらめいてその答えに向かってヘアデザインするタイプではありません。お客さまとコミュニケーションをとりながら、お客さまの髪と会話しながら、こうすると可愛いね、こうしたら魅力が引き立つね、とつくりながら最適値を見つけていきます。今回もやりとりをしながら「キタキタ!」と感じるときがあって、その感性に素直に従ってヘアデザインをしました。
HAIR STYLE
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AFTER THE BEAUTY AWAKE
当たり前のやり方ではなかったけれど、地方の求人誌に出した作品の写真。作品づくりが面白くなってコンテストに挑戦し、入賞した写真。地方の名もない美容室だったのに、コンテストの写真が編集者の目にとまり、美容業界誌で取り上げられるようになった僕の作品。
もうダメかもしれない。そう思ったことは、何度も、本当に何度もあったけれど、ひとつの作品が、1枚の写真が、僕の美容師人生を変えてきました。
僕のところを巣立っていったスタッフも含めて今、仲間たちはみんな一生懸命に作品をつくっています。僕も負けじと一生懸命、作品をつくり、1枚の写真に力を込めています。
デザイン力のある美しいヘアスタイル、そしてその写真には人生を変えていく力がある。
それを見てこうなりたいと思ってくださるお客さまもいれば、それを見てこういう作品がつくりたいと思う美容師もいる。
もうそろそろ半世紀生きてきたことになるけれど、僕はまだまだ作品づくりをしていきたいと思っています。そして仲間たちとともに美容という世界で本気で遊んでいけたらと思っています。
Angelica
オーナースタイリスト
岩田敏靖
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