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BEAUTY AWAKE

SNIPS 由藤秀樹/HIDEKI YOSHIFUJI

STYLIST’S VIEW

 うれしいことがありました。僕の半生を取材していただいたウェブの記事を見て、20代後半のときに神奈川のサロンで担当していたお客さまからメッセージをいただいたんです。彼女は当時高校生だったと思います。「月に一度美容室に行くと、由藤さんはヘアやファッション、メイクのことなどを教えてくれて、そのおかげで私の美意識は磨かれました。今、息子には顔がイケてなくても髪型だけちゃんとしていればかっこよくなれるから、と伝えています。当時はなんとなく由藤さんのところに通っていましたが、ウェブの記事を見て由藤さんがどれくらいの熱量で努力を重ねてきたのかということを知りました。今も由藤さん以上の美容師さんには出会えていません」という内容です。最高の言葉ですよね。美容師ってお客さまのアイデンティティや生き方まで変えられるくらい素晴らしい仕事。それを20代の僕ができていたんだとわかって、ごほうびをいただいた気分です。今は“由藤さんだから(できる)”と思われがちですが、そうじゃない。今の僕だからできるアプローチもあるけれど、あのときの僕にしかできなかったアプローチもある。だからすべての年代でもっと熱量を持ってやってほしい。“いい仕事をマジでやろうよ”。僕の思いはそれだけです。
僕は、ただの美容師。
たくさんのお客さまに囲まれていたい
 神奈川へは高校を卒業してから29歳まで、修業しに行っていました。父が理容師で、その縁で神奈川の有名サロンにお世話になることに。父からは“東京に行け”と言われたはずなのに、着いたところは神奈川県の大和市。“新潟のほうが都会じゃん、なんで俺都落ちしてんの”と、最初のころは洗濯物を干しながら思っていました。昼間は神奈川から1時間かけて高田馬場にある理容専門学校へ通い、学校から戻ると店を手伝い、そのまま寮に戻って練習という生活です。寮には6畳の部屋に4人住んでいて、二段ベッドで寝起きしていました。当時、オーナーからは特に目をかけてもらっていて、休みの日も「何時から何時まで練習する?」と電話がかかってきたり、ほとんどストーカー状態(笑)。そのおかげで、徹底的に仕込まれました。月日が経ち一人、また一人と寮を抜けていくなか、なぜか僕だけは売り上げNo.1で店長にもなったのに寮を出ることを許してもらえなかった。オーナーは僕のことを心底見抜いていたんですね。若かったころの僕はとにかく調子に乗りやすかった。いっぱいスタッフがいるなかで愛情を注いでいただけたことは喜びでしかありません。厳しかった分、先生の目を盗んで夜な夜な遊びに行ったこともいい思い出です。
 新潟へ戻るつもりはありませんでした。でも、オーナーから“そもそもおまえは新潟という地域をよくするためにうちで勉強してきたんだ。だいぶ仕上がってきたからそろそろ戻れ”と突然告げられました。それがきっかけで神奈川を離れ、新潟に戻ることに。母の理容室を改装する形でSNIPSをオープンしましたが、改装したことで理容室のお客さまが離れてしまい、ゼロからのスタートでした。最初は必死でしたね。待てど暮らせどお客さまは一向に来ない。そんななか、僕はお店の売り上げから1万円を持っていき女の子が接客してくれる飲み屋に向かいました。そこでいちばんかわいい子を見つけては“めっちゃきれいなのに髪型がもったいない。もっと素敵になるから”と、理由を添えて熱くプレゼンするんです。そうしてその子が変わるとまわりの子にも伝播する。当時は、飲み屋に1万円を握りしめて持って行き、お客さまとして来ていただくことで3万円をお店に戻そうという考えでやっていましたね。いかにプレゼンして信頼関係を築くか、それはサロンの中でも外でも一緒。今はSNSなどで簡略化された集客が簡単にできる時代ですが、大事なのは一人ひとりが自分の言葉を持つこと、コミュニケーション力を育てること。手間はかかるかもしれないけれど、その手間こそが美容師としての糧になるのです。
もう一度、一人の美容師として
“由藤秀樹”として生きたい
 SNIPSを立ち上げて23年目。最初の10年は僕が中心となってサロンを盛り上げてきたので、“由藤のSNIPS”でした。その後スタッフが増え、みんなが個性を発揮し活躍の場も広がり、今では“みんなのSNIPS”に。“ヘアってすごい”という確信があるから、それをどう次の世代に向けて魅力的に見せていくか、が僕の今の課題です。そして、新しい才能を育てていきたい。今、縁あって全国を飛び回る僕にできることは、スタッフを才能ある人たちに出会わせてあげること。“きわだつ人”に触れることでどんな化学反応が起こるのかを見てみたい。その機会を増やすため、日々さまざまな活動をしています。
 僕自身はというと、これからはみんなに迷惑をかけない程度に暴走し、もう一度“由藤秀樹”として生きようと思っています。僕はただの美容師だから、昔も今も思うことはただひとつ。お客さまをたくさん担当したい。お金持ちになりたいんじゃなくて、人気者になりたい。だって、お客さまに囲まれるのって楽しいじゃないですか。ボロボロになるまで、死ぬまで切り続ける。そう決めています。
 今回のモデルさんは、3人目のお子さんを妊娠中のママさんです。エラが張っているのを隠すのではなく、それが魅力的に見える位置にカットラインを設定しました。清涼感が素敵な方なので、華美にするのではなくあくまでもナチュラルに。ラフに乾かしたときにクセが自然に重なるように仕上げました。ヘアスタイルは、お客さまが主役。その方のオーラやライフスタイルにマッチさせることを大切にしています。心がけているのは、パーソナリティをきわだたせるようなバランス感と、少しの違和感のあるヘアデザイン。変化を見出しづらい日常のなかで、すーっとした新鮮さを感じていただきたい。ヘアスタイルを通して自分のよさに気づいてもらえたらいいですね。

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AFTER THE BEAUTY AWAKE

 だまって席に座ればうまいものが出てくる。行きつけの寿司屋のように、美容室の席に座れば自分らしくきれいになって、いいタイミングで変化が訪れる。お客さまは髪型のことを考えなくてもいい、というのが僕とお客さまの理想の関係性。それを実現するためには、針の穴を射抜くような鋭さや深い洞察力を身につけなければなりません。これまでの経験も人を思いやる愛情も、すべてをお客さまのために捧げたいと思います。

由藤秀樹
SNIPS代表

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